ネクスト杉山

余りに大きな犠牲を払ったが、ようやくアルコール依存症を乗り越えたドラマーの、明日への布石

心に穴が開いている

俺が「自分を主語に」物事を考えられるようになったのは、退院後辺りかも知れない。俺はどうありたいのか、俺は何になりたいのか、幼児の頃から今の今まで考えたことがなかったんだ。自分を愛せなかった。そう育てられてきたから。

愛されず否定されて育った俺には、自分を大事にする概念が全くなかった。あったのは「こんなこと言ったら、あの人はどう思うかな」「こんなことしたらこの人にどう思われるだろう」ばかりであり、自分がどうしたいのかがないまま大人になった。

心に穴が開いている大人になり、それを埋めてくれるのがアルコールだった。酔っていれば心の奥底にある孤独を忘れることが出来た。

一見、俺の人生は恵まれていた。最高の妻を迎え、最愛の息子に囲まれ、持ち家に暮らし、プロのドラマーでもあった。

やがて自分の会社を立ち上げ、同時に専門学校の講師も勤めるようになる。だが当時の俺には既にアルコール依存性への萌芽が見えつつあった。

毎日様々なモノに追いかけられていた。仕事。ドラム。夫婦。親子。先生生徒。収支。打ち合わせ。セミナー。会議。楽譜。家賃。給与。

身を粉にして動く俺に、自我がない。全く自分がない。唯一、ドラムを叩いている時だけが自分でいられた。

その唯一さえもが奪われようとしていた。糖尿病から来る末梢神経障害による両手脚の麻痺である。俺はたったひとつだけだった自分の拠り所がなくなった現実を前に、元々多量飲酒だった日々があっという間に狂気の毎日になってしまったんだ。

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もう泥酔していないと自分を保てなかった。死への渇望と同時に、現実を見る恐怖が全てに優先された。そのために歩けない程に泥酔し続ける必要があった。